2008年11月05日

次期大統領が直面する遠大な課題

http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/200809/Holbrooke.htm
フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年9月号

次期大統領が直面する遠大な課題  The Next President

             リチャード・ホルブルック元米国連大使

Richard Holbrooke  1999〜2001年まで米国連大使。国務次官補時代の1995年にボスニア紛争を終結させたデイトン合意をとりまとめたことで知られる。現在はアジアソサエティー理事長。


遠大なアジェンダ

 次期大統領が引き継ぐのは、(陰りが見えるものの)依然として世界でもっとも力強いリーダーシップを持つ国だ。それは、ダイナミズムと多様な社会がつくりだす活力と希望にあふれ、世界を再び鼓舞・動員して主導する力を持つ国であり、そうした力を間違いなく発揮しなければならない。同時に次期大統領は、第二次世界大戦以降のいかなる歴代大統領が直面したよりも多くの国際的な課題に直面する。「漂流、衰退、壊滅的な間違い」という言葉に集約される時代の後を担う次期大統領の中核課題は、アメリカの国家目的と力を再生していくことにある。

 広範な領域におよぶ遠大な内外の課題への路線を見直していかなければならない。友好国や同盟国との建設的な関係を再構築し、よろめく経済を立て直し、危険水域に達している財政赤字を削減しなければならない。それだけではない。エネルギー資源の対外依存度を低下させ、すでに実存的な問題と化している地球温暖化の流れを変える必要もある。核拡散の高まる脅威に対処し、グローバルなテロの脅威から国を守るとともに、アルカイダ、特にパキスタンにいるアルカイダに圧力をかけ、(イラクとアフガニスタンにおける)二つの戦争をうまく管理していかなければならない。

 次期大統領が、これらの気力を失わせるような遠大なアジェンダに取り組み、状況を改善していくには、増殖し、とかく扱いにくく、変化に抵抗し、時に機能不全に陥る官僚制度をうまく掌握し、管理していかなければならない。党派対立に覆われてきた議会と行政府の関係を変化させていく必要もある。議会の支持がなければ、ほぼすべての案件をめぐって大統領が成功を収めることはできないからだ。社会の支持を取り付けることも同様に重要だ。次期大統領は、前任者以上に、民間、大学、非政府組織、そして広く市民からの協力をうまく引き出していかなければならない。

 アメリカ大統領とは他に例をみないポストであり、いまや、(アメリカだけでなく)世界の人々が米大統領に期待を寄せ、夢を託すとともに、恐れ、いらだち、怒りを向けるようになった。大統領なら何でも解決できると期待するのは非現実的だが、それが、大統領が直面する現実だ。大統領として成功を収めるには、有意義で実現可能な目標を設定し、アメリカそして世界の人々にそれをはっきりと知らせ、大統領経験者でなければ想像すらできないような大きなプレッシャーのなかで、リーダーシップを発揮して、目的を実現していかなければならない。状況に場当たり的に対応し、受け身に徹しているようでは、成功は望めない。解決を約束しながらもそれを実現できなかったり、(ブッシュ大統領のように)独立宣言にある「人類の意見への応分の尊重」を一貫して無視したりしているようでは、大統領が成功を手にすることはあり得ない。

 次期大統領が引き継ぐ、すべての案件について路線見直しが必要なわけではないが、主要な問題については再検証する必要があるだろう。多くの案件をめぐって新しい政策が必要になるし、大統領に忠誠を尽くし、官僚を動員する力を持つ政策の専門家チームも新たにつくらなければならない。世界におけるアメリカの役割に関する一貫したビジョンは、アメリカの永続的な国益、価値、そして能力についての現実的な分析に根ざすものでなければならない。世界でもっともパワフルな国といえども、自分だけで、自らの望む方向へと世界の出来事や問題を向かわせる力はない。世界に数多くのプレーヤーが誕生し、この世界が驚くほど多くの問題であふれ返っている以上、われわれが再び、「封じ込め」のような一つの言葉で外交を規定することなど望みようもない。とはいえ、広範ですべてを包み込むようなアメリカの国益概念を定義しなければならない(ブッシュ政権の「世界規模でのテロとの戦い」というスローガンは、国益概念としてはあまりに限定的であるとともに広範でありすぎた)。

 世界においてアメリカが適切な役割を果たせるようにするには、経済を立て直し、傷ついたアメリカの名声を回復していかなければならない。経済は国内問題として扱われることが多いが、アメリカ経済の再生は、他を寄せ付けぬパワーを米軍が維持していくうえでも不可欠であり、この国の長期的な国家安全保障にかかわってくる課題だ。景気循環に対する通常の施策を超えた措置が必要になる。長期的に経済を立て直すには、エネルギーと地球温暖化に対する新しい政策をとることが不可決になってくる。また、アメリカの価値とリーダーシップへの世界の尊重と敬意を取り戻すことも欠かせない。人気があるのはいいことだという理由からではない。世界からの敬意と尊重が、正統性を備えたリーダーシップと永続的な影響力を発揮するための基盤となるからだ。

 大統領は、トルコ、イラク、イラン、アフガニスタン、パキスタンという、アメリカの安全保障を脅かす「危機の弓状地帯」の中枢に位置する5カ国の切実な戦略問題に取り組んでいくうえでの影響力を強化するためにも、経済問題と名声の失墜という二つの課題に、可能な限り早い段階から取り組んでいく必要がある。アメリカの地に落ちた名声をいかに回復するか。大統領の権限で行い得るいくつかの措置を早い段階でとれば、直接的なインパクトを与えることができる。もっとも説得力のある措置は、キューバのグアンタナモ米軍基地における拷問を禁止し、もはや260人のテロ容疑者がいるだけの収容所を閉鎖すると公式に表明することだ。

 ブッシュ政権がイラクのアブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件をめぐって現場レベルの責任者しか処罰しなかったために、アメリカのイメージは地に落ち、敵対勢力に格好の批判材料を与えている。過去の政権による判断ミスという負の遺産と新政権の立場を明確に区別するために、「アメリカ政府が捕虜やテロ容疑者への拷問を許容したり、大目に見たりすることはない」とする大統領令を出すべきだろう。たしかに、グアンタナモ基地を閉鎖するには、ブッシュ政権の弁明や多くの法律家の解釈が示唆するとおり、複雑な問題を伴う。だが、人生のなかで経験する多くのことは複雑だ。次期大統領がグアンタナモによって足を取られるようなことがあってはならない。それがいかに難しくとも、収容所を間違いなく閉鎖しなければならない。


原油価格の高騰と産油国への富の移転 

 歴史は不変ではないが、歴史の法則と呼び得る一つのパターンがある。それは大国の興亡が長期的には経済力に左右されるということだ。ローマ、中国、ベネチア、フランス、オランダ、ポルトガル、イギリスのすべては帝国としての絶頂期を迎えた後、経済力の衰退とともに没落していった。近代に入ってからは、19世紀末以降、見事な経済成長とともに台頭したアメリカの存在ほど重要なものはなかった。当時のアメリカの経済成長は、国内における安価な石油の存在によって支えられていた。大恐慌を含む一連の不況に陥っても、ことごとくこれを切り抜け、克服してきた。こうした過去の経緯ゆえに、楽天的なアメリカ人は、現在の経済的苦境についても、景気循環による一時的な後退にすぎないと考えがちだ。

 だが、これまでアメリカが経験したことのない新しいファクターが今回は作用している。それは、4年前に比べて石油価格が4倍に上昇するとともに、石油輸入国から産油国への歴史的な規模での富の移転が起きていることだ。政治家とメディアが、石油価格高騰の国内経済への余波に焦点を当てているのは理解できる。だが、こうした富の移転が持つ長期的な地政学的意味合いについては、これまでのところおおむね無視されており、この問題を次期大統領は真剣に考えていかなければならない。

 石油問題の専門家ダニエル・ヤーギンによれば、アメリカは、一日当たり2千万バレルの石油を消費し、そのうち1200万バレルは輸入石油に依存している。2008年上半期の原油価格を基準に考えると、これは、一日当たり13億ドル、年間でみると4750億ドルの資金をアメリカが産油国へと支払うことを意味する(現在の原油価格は1バレル140ドルに達しており、これを基に計算すれば、その額はもっと大きくなる)。中国、欧州連合(EU)、インド、日本を含む他の主要な石油消費国は、アメリカ以上に大きな比率での富の移転を産油国に行っており、合計すると2・2兆ドルの富が産油国へと移動している計算になり、しかも、その額はますます大きくなっている。

 仮に原油価格の高騰が今後10年続くとしよう。石油消費国が浪費しないようにいくら心がけても、効果が出るまでにはかなりの時間がかかることを考えると、原油価格の高騰が10年続くというシナリオは憂鬱だが、決して不合理なものではない。とすれば、産油国で現在蓄積されている富は、時とともに、産油国の経済力だけでなく、大きな政治的影響力のベースを提供することになるだろう。

 産油国の一部は、アメリカ、ヨーロッパ、日本とは大きく異なる政治アジェンダを持っており、アメリカやヨーロッパとは違うアジェンダを持つ産油国の連帯が、今後より頻繁かつ広く形成されるようになるだろう。イスラエルを破壊することを目的に掲げ、アフリカやラテンアメリカの一部を不安定化させようとしているような危険な非国家アクターへ資金が流れ込むリスクも大きくなる。欧米はうまく教訓を学んでいないが、この危険については先例がある。サウジアラビアが世界の石油生産強化と原油価格を一定範囲に収めるためにアメリカと協調してきたのは事実だが、一方で、サウジから、数十億ドル規模の資金が過激派のマドラサ(イスラム神学校)、そしてアルカイダを含む過激派集団へと流れていた。今後、そうした二つの路線の絡み合いはますます複雑になっていくと思われる。イラン、ロシア、ベネズエラが国際社会での発言力を強めているのは、石油の富を基盤とする経済的影響力の強化によるものであることを疑う者はいない。事実、いまやベネズエラは、ラテンアメリカに、アメリカからこの地域への対外援助額の5倍の金額を注ぎ込んでいる。


地球温暖化対策

 専門家の多くは、「地球温暖化が地球環境を脅かしているとみており、おそらくは21世紀中盤に起きるであろう非常に大きな地球環境の変化を回避するには、この10年間に本格的な対策を取らなければならない」とみている。アル・ゴア前副大統領がこの問題への危機意識を世界的に喚起したというのに、ブッシュ政権は7年半にわたって、地球環境問題に取り組むことを拒絶し、貴重な時間を浪費してしまった。ブッシュ政権と議会共和党は地球温暖化に対して危機感を持っていなかった。実際、ガソリン1ガロンの価格が4ドルに高騰するまでは、自発的な節約措置を取ることさえほとんど拒絶してきた。ブッシュ政権が、過去32年間で初めて燃費基準を引き上げることに合意したのは、そうすることを求める大きな政治的圧力にさらされた2007年末になってからだった(この時点で、すでにアル・ゴアはノーベル平和賞を受賞していた)。その後、日本で開かれた2008年のG8サミットでも、ジョージ・W・ブッシュは、曖昧な言葉が用いられ、事実上無意味な、二酸化炭素排出削減に向けた「期待」目標を盛り込んだ文書に合意しただけだった。

 いずれ、より厳格な節約措置が導入され、新しい環境技術開発への投資が行われるようになるのは間違いない。だが、石油や天然ガスの価格が現状のバブル価格から低下してくれば、消費は再び上向くと考えられる。一方で、価格が高止まりすれば、消費は低下するだろうが、アメリカとその緊密な同盟国は、エネルギー資源のために大きな出費を長期的に余儀なくされる。いずれの場合も、効果的なエネルギー政策、地球温暖化対策が導入されなければ、地球温暖化はますます深刻な問題になっていく。世界でもっとも貧困な地域で干ばつや飢饉が頻繁に起きるようになり、食糧価格は今後も高騰を続け、温暖化の余波で耕作に適さなくなった土地を人々は後にすることになるだろう。氷河や氷床がより早いペースで後退(溶解)し、海面の水位が上昇し、絶滅する植物や動物の種も増えてくる。ブッシュ政権がこうした問題を無視してきたことには驚くしかない。アフガニスタンやイラクでの無様なパフォーマンス同様に、この領域での無策ぶりには衝撃を覚えざるを得ない。

 バラク・オバマ上院議員(民主党、イリノイ州選出)とジョン・マケイン上院議員(共和党、アリゾナ州選出)は、ともに地球温暖化問題を深刻に受け止めていると述べている。だが二人の立場を詳細に検討してみると、そこには大きな違いがある。オバマのほうがより包括的なプランを持っている。二酸化炭素排出削減に関するより大胆な計画を掲げ、右派・左派を問わず、広くエコノミストが支持する市場型アプローチを示し、マケインの計画よりもはるかに大規模な環境技術への投資計画を打ち出している。一方で、マケインは、(エネルギー安定供給の観点から)国内の油田と沖合油田の開発に対する制約を取り除くべきだと主張しているが、このような路線が環境問題の長期的な解決になるはずがない。大規模な油田が発見されたとしても、石油の供給増へとつなげていくには10年はかかるし、そもそも、これは地球温暖化対策や資源の節約とは全く関係がない。

 効果的なエネルギー政策、地球温暖化政策をとるには、状況が深刻であり、すべての市民がこれまでの生活を見直し、(戦争で人々が引き受けるような)犠牲を受け入れる行動計画が必要になることについて国家的なコンセンサスを形成する必要がある。一方で、それが経済成長を損なわないように配慮する必要もある。だが、1977年4月の、ジミー・カーター大統領(当時)の結局は失敗に終わった試みを、反面教師として思い起こす必要があるだろう。後に批判されることになるカーディガンといういでたちでプライムタイムのテレビ番組に登場したカーター大統領は、自分が提案するエネルギー自立計画は、「道徳面での戦争に等しい」(moral equivalent of war)と述べた。誰かが、このフレーズの頭文字をとってこれを猫の鳴き声、MEOW(ミャオー)だと言い始めると、メディアはこれに飛びつき、カーター提案の本質は無視されてしまった。結局、その後、エネルギー自立路線に関する論争は30年間も塩漬けにされてしまった。皮肉にも、ジミー・カーターの後任となったロナルド・レーガン大統領が最初にとった行動の一つが、ホワイトハウスの屋上から、カーターが設置したソーラーパネルの撤去を命じたことだった。

 エネルギー依存と地球温暖化という双子の課題は、一方で、世界におけるもっとも重要な2カ国、そして世界最大の汚染大国である米中の関係にとっては大きなブレークスルーとなるかもしれない。中国とアメリカの2カ国だけで、世界の二酸化炭素総排出量の半分を排出している。2007年には、ついに中国はアメリカを抜いて世界最大の二酸化炭素排出国になった。

 オランダ環境協会によると、2007年における世界の温室効果ガス排出量増大の3分の2は中国によるものだ。だが、国民一人当たり排出量でみると、中国側が指摘するとおり、アメリカと中国の間には大きな開きがある。アメリカの場合、年間でみた国民一人当たり排出量が19・4トンに達するのに対して、中国の一人当たり年間排出量は5・1トン。一人当たり排出量でみれば、中国は、アメリカはもちろん、11・8トンのロシア、8・6トンの西ヨーロッパ諸国さえも下回っている。(中国同様に注目されている)インドにいたっては、一人当たり年間排出量は1・8トンでしかない。

 2012年に失効する京都議定書の後継となる国際合意をとりまとめようとする試みが、短期間で具体的な結果を出せるとは考えにくい。新合意については2009年末にコペンハーゲンで開かれる会議までに結論を出すとされているが、そううまくいくとは思えない。この国際的な試みに向けてアメリカも中国も主導的な役割を果たしていないため、すでに米議会は、「仮にコペンハーゲンで合意が成立しても、ブラジル、中国、インド、インドネシアが二酸化炭素排出量の削減枠組みに参加しない限り、京都合意の場合以上に、コペンハーゲン合意の批准を承認する可能性は低い」と警告している。実際、アメリカと中国が参加しない限り、条約の価値は大きく損なわれる。

 途上国の主要な排出国が、意味のある排出削減義務を盛り込んだ国際合意に参加しない限り、米上院が合意への批准を認めることはあり得ないとすれば、そこに存在するのは、解決不可能に思える手詰まり状況にほかならない。だが、コペンハーゲン・プロセスを続けながらも、一方で、もう一つ考えるべきアプローチがある。大きな問題そのものではなく、その一部に取り組んでいくことに向けた特定の国家集団間での一連の合意を形成していくのだ。そうした小規模な合意なら、米中協調に向けた本当の機会がもたらされる。特に、エネルギー節約、環境に優しい技術の開発などの共同プロジェクトをめぐっては、米中は2国間合意を形成できるだろう。エネルギー使用効率の改善、二酸化炭素排出量の削減に向けた互恵的な目的を設定できるはずだ。もちろん、世界でもっともエネルギーの使用効率が高く、われわれにとって不可決な同盟国である日本をこのアレンジメントに参加させることもできる。炭素回収・貯留技術(CCS)に始まり、クリーンコール技術、ソーラー技術、風力エネルギーにいたるまで、共同プロジェクトと技術共有を通じて、大きなポテンシャルを開花させることができるようになる。問題は、これを促進するような米中間の枠組みが存在しないことだ。

 最近、私は、中国を訪問した際に、北京の政府高官にそうした環境対策をめぐる米中合意の形成というアイデアを示した。これに関心を示した中国政府の高官は、少なくとも、非政府のチャンネルを通じて非公式に可能性を模索していくことに前向きだった。中国側は、「欧米が提案するエネルギー対策は中国の経済成長を鈍化させるための罠ではないか」と疑っている。この見方が正しいかどうかはともかく、状況を先へと進めるには、インドその他の主要新興国も共有しているこの懸念に配慮していかなければならない。だが、窓はわずかながらもすでに開かれつつあるようだ。中国の貿易・金融を担当する王岐山副首相は、再生可能エネルギーと汚染抑制技術に関する共同研究所を(米中間で)立ち上げる必要があると公の場で表明している。同氏は2008年6月16日のフィナンシャル・タイムズ紙に寄せた論説記事で、「エネルギーと環境をめぐる米中間の力強い協調体制があれば、中国はエネルギー・環境問題によりうまく対処できるようになる。アメリカの投資家にも大きな機会と配当をもたらせるようになる」と指摘している。

 慎重な言い回しをする中国の高官が、これだけはっきりと米中協調を口にするのは、非常に喜ばしい兆候だ。次期政権はこのシグナルを見落としてはならない。中国との協調を深めていけば、世界が直面するもっとも切実な問題の一つである地球温暖化問題に対処していくことになるだけでなく、世界でもっとも重要な2国間関係に新たな協調の機会をもたらすこともできる。


オバマとマケインの違い

 アメリカ市民がこの国の内外の現状に大きな不満を抱いている以上、オバマもマケインも「自分が大統領になれば、変化をもたらせる」と強調しているのは驚きではない。そして二人とも、アフガニスタンをもっと重視していくと発言している。当初は大きな成功を収めながらも、その後ブッシュ政権が、現地の問題を無視し、誤算を犯し、管理を間違えたためにアフガニスタン情勢は著しく悪化した。

 二人とも、アメリカと北大西洋条約機構(NATO)同盟国との関係を強化していくと約束している。また、表現は違うものの、二人とも最近のロシアの行動、とりわけ、グルジアに対する行動を憂慮していると表明している(だがマケインは、ロシアを非常に敵対的なトーンで批判し、G8から締め出すことを求めており、勇み足を踏んでいる。もっともマケインも、他のG8メンバー国がそれに同意することはなく、そもそもロシアを締め出すことが悪いアイデアであることは認識している)。

 両氏とも、米陸軍を立て直し、アフガン、イラクで傷を負った米兵へのケアにもっと力を入れていくと約束し、ともにイスラエルの防衛にコミットしていくと表明している。また、両氏ともグアンタナモ米軍基地の収容施設を閉鎖し、拷問を禁止すると述べている。(もっとも、最近の上院における投票をみると、実際には、二人の立場には大きな開きがある。米軍の実践マニュアルに書かれている拷問禁止のルールを中央情報局〈CIA〉にも適用することについて、オバマは支持し、マケインは反対している)。だが、二人の価値観とスタイルの違いをめぐる重要な洞察の手がかりとなり、外交の役割への両氏の認識の違い、アメリカの自画像についての対照的なビジョンを浮き彫りにしているのは、二人の立場の違いのほうだ。

 オバマの政策の特徴は、地球温暖化、エネルギー、アフリカ、キューバ、イランなど、それが何であれ、課題を前向きに進化させていくと表明している点にある。彼は、変化し続ける新しい現実に適応できるように、古い、硬直化した政策を調整していくと表明し、アメリカのパワーと影響力を強化する手段としては外交が最善であると強調している。貿易面では、マケインはオバマのことを新保護主義者と批判しているが、実際にはオバマは、労働や環境基準にもっと配慮して、相手国における合意への支持を強化できるように、既存の合意を改善していくことを提言している。

 対照的に、マケインの大胆な提案は、新しくもなければ、オリジナルなものでもない。例えば、彼の言う「民主国家連盟」は、マドレーン・オルブライト元国務長官が提唱した「民主国家共同体」という概念を下敷きに拡大したものにすぎない。民主国家共同体という枠組みは今も存在し、単にブッシュ政権が無視しているだけにすぎない。マケインは、民主国家連盟が「国連に取って代わることはない」としつつも、「国連で答えが出ないときには、『民主国家連盟』で集団的行動を起こすこと」を提言している。「新しい民主国家連盟があれば、国連が行動を起こせないときに、モスクワや北京が承認しようがしまいが、ダルフールなどでの人々の苦しみを緩和するために、ミャンマーの軍事政権、ジンバブエの独裁者に対して民主国家が連帯して圧力をかけるために、行動を起こすことができる」と述べ、これこそ「真のリアリズムだ」と主張している。マケインが何と言おうと、オルブライトが組織したフォーラムとは違って、彼の言う「民主国家連盟」については、誰もが国連のライバル組織をつくろうとする試みとみなすだろう。世界の主要な民主国家の高官たちとの私の会話から判断しても、世界最大の民主国家であるインドの指導者はもちろん、もっとも緊密な同盟諸国の指導者でさえも、義務を伴う新しい国際的な連盟は支持していない。

 この8年にわたって資金不足に苦しみ、影響力を失ってきた国連では、反米的なビジョンが目立つようになった。もちろん、国連には欠陥がある。だが、この国際機関はアメリカの外交政策にとって重要な役割を果たせるし、適切に用いれば、アメリカの国益を擁護できる。スーダンのような地域でもより効率的に平和維持活動を果たせるようになる。

 しかし、国連が大きな力を持てるのは、設立メンバーであり、最大の拠出国でもあるアメリカが、国連がそうなることを望んだ場合だけだ。オバマは、ブッシュ政権期に10億ドルを超えるまでに肥大化したアメリカの国連分担金滞納額の支払いを議会に求める一方で、アメリカの国益に合致するように国連を改善し、改革していくことを求めるだろう(アメリカの滞納額がほぼ同じ規模に達した時期が過去にもあったが、クリントン政権はその末期に、この滞納分を支払っている)。国連改革に再度取り組むのではなく、新しく民主国家連盟をつくれば、マケインが支持する目的に対して逆に作用することになる。

 また、マケインは、2008年5月27日にデンバー大学で行った核拡散に関する演説で、「(アメリカの批准の妨げとなった)包括的核実験禁止条約(CTBT)の欠陥を是正できれば、これまでの自分のCTBTに対する長期的な反対を見直す」と述べている。だが、これはいかにも曖昧で幻惑的な条件だ。

 対照的にオバマは、重要な条約であるCTBTを支持するとともに、いまや有名になったジョージ・シュルツ元国務長官、ウィリアム・ペリー元国防長官、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、サム・ナン元上院議員による連名記事で示されたアウトラインに則して、「核を廃絶していくこと」を最終目標に掲げることを支持している。

 これらを含む二人の立場の違いに目を向ければ、オバマとマケインが、アメリカの有権者に「世界におけるアメリカの役割」についての二つのビジョン、そして外交に対する異なる二つの路線を示していることがわかるはずだ。

 地球温暖化問題を別にすれば、マケインはほとんどの問題をめぐってブッシュ政権の路線を支持するか、現政権以上に強硬な立場を示している(例えばマケインは、ブッシュ大統領が6月末に発表した北朝鮮の核開発停止に関する部分合意を深く懸念していると表明している)。マケインは自分のことを「リアリスト」、また最近では「理想主義的なリアリスト」と呼ぶことを好むが、彼の各問題に対する立場をみると、マケインといわゆるネオコンの立場が似ていることを無視することはできない。実際、ネオコンの多くは、マケインを熱心に支持している。


イラク問題をめぐる二人の立場

 もちろん、マケインとオバマの立場の違いがもっとも大きく、また重要になってくるのが、イラクとイランをめぐる路線だ。他のいかなる政策や案件にもまして、この2カ国への政策ほど、新大統領の外交方針を左右するものはないだろう。別の言い方をすれば、今回の大統領選挙は、イラク問題をめぐるアメリカでの国民投票の意味合いも持っている。

 マケインは「勝利を手にするまでイラクでやり抜く」と主張しており、これは、いかにコストがかかろうが、いかに戦争が長期化しようが、イラクに米軍を駐留させ続けることを意味する。マケインがこれほど深く感情的に入れ込んでいる問題はないし、彼の気持ちは、政治的な計算ではなく、個人的な深い確信によって導かれている。マケインは最近、イラクにおける米軍兵士とイラク人の犠牲者数が低下してきていることを引いて、アメリカは戦争に勝利を収めつつあると信じているようだ。だが、マケインは、少なくともこの文章を書いている時点では、歓迎すべきイラクの治安改善によって、すでに表明されている増派部隊撤退を超えた兵力引き揚げを2009年に行うつもりだとは表明していない。むしろ彼は、大規模な撤退によってイラクが大きな混乱に陥るリスクに配慮し、必要な限り、イラクに米軍を駐留させ続けると繰り返し明らかにしている。しかし、一方で、米軍を駐留させ続けることに関するリスクとコストについては明確にしていない。

 一方オバマは、イラクに駐留する米軍の司令官たちと同じように、ブッシュやマケインが言うような軍事的勝利は望みようもないと考えている。彼は、本来始めるべきではなかった戦争を継続することに全面的にコミットすることのコストをアメリカは引き受けられないとみている。オバマは、アメリカの包括的利益からみて、米軍地上部隊の着実かつ「慎重な」ペースでの撤退を開始する必要があると結論している。オバマは、イラクの政治家に危機感を抱かせ、イラクの安定に必要な政治的妥協を模索させるには、自分のやり方のほうが、マケインの駐留継続路線よりも優れていると考えている。外交交渉をアメリカのパワーの重要なファクターとみなすオバマは、イラクの安定化に向けた地域的な政治・外交努力に、イラクの近隣諸国のすべてを参加させることに力を注ぐべきだという立場も示している。

 マケインは「オバマの路線をとれば、勝利が手に届くところまで来ているというのに、流れを敗北へと向かわせることになる」と批判している。アメリカの敵対勢力を増長させ、イラクという国を衰退させる、と(ちなみに、マケインと彼の支持者は、オバマの路線を「迅速な撤退」と間違って表現している)。だがマケインは、何の撤退戦略も示していない。実現可能な勝利が何であるかも定義していないし、イラク国内での政治的和解を促す計画も示していない。彼の政策は、戦争を終わらせることが伴うリスクを回避するために、戦争を続けると言っているようなものだ。そうした後ろ向きの目的が、より多くのアメリカ人の命を危機にさらす十分な根拠となるはずがない。

 一方で、マケインに対する批判の一部が間違っているのも事実だ。「アメリカはイラクで100年にわたって戦わなければならない」とまでは彼も言っていない。しかし、マケインのイラクに関する発言が、彼の路線の非現実性を白日のもとにさらしているのも事実だ。マケインは、休戦合意以降の55年にわたって米軍が駐留し、現在も2万8500人の米軍兵士が駐留している韓国をモデルに引いて、「自分は少なくとも韓国と同じくらいの期間、あるいはそれよりも長い期間、仮に100年に及ぶとしてもイラクに米軍を駐留させる覚悟はできている」と述べている。そうした長期にわたるコミットメントは、たとえ平時であっても考えられないし、ましてや、外国人嫌いで、常に暴力的な環境にある中東での駐留となると、ますます現実味に欠ける。結局のところ、マケインはすべての課題をイラクとの関連からとらえている。「イラクがどのような結末を迎えるかが、アメリカ市民に今後長期にわたって影響を与えることになる」と2007年末にフォーリン・アフェアーズ誌に寄せた論文でも指摘している。たしかに、そうなるかもしれないが、彼の意図しているような影響や余波ではないだろう。

 一方、オバマはマケインの議論の中核を逆手に取り、イラクの混迷が「この地域における他の問題に対決し、解決していくのをこのうえなく困難にしており、これら諸問題の危険性をますます高めてしまっている」とフォーリン・アフェアーズ誌で指摘した。始まる前からイラク戦争を支持していたマケイン、当初から戦争に反対してきたオバマもともに一貫性がある。

 就任直後から直ちに米軍の撤退を開始するというオバマの立場はよく知られている。だが、撤退プロセスの複雑さをよく理解しているオバマは、すべての撤退措置を非常に慎重に行う必要があることも強調しているし、残留部隊の撤退、撤退スケジュールについては柔軟な立場をとるとも表明している。「イラク政府がすでにコミットしている治安、政治、経済上の一定基準(ベンチマーク)を達成できるようなら、この再配備計画を一時的に停止することも考えるべきだろう」。だが、「最終的には、この国に本当の平和と安定をもたらせるのは、イラク人だけであることを認識しなければならない。……イラクをいい状態にして撤退するには、(スンニ派とシーア派という)紛争勢力が、永続的な政治的打開策をまとめるように圧力をかけなければならない。そして、彼らに対して効果的に圧力をかけるには、段階的な米軍部隊の撤退を開始しなければならない」。

「駐留米軍の地位協定」をめぐってイラク政府とブッシュ政権が論争を展開していることが、現政権の立場を象徴している。イラクの首相がアメリカに対して(3〜5年という時間枠での)撤退スケジュールを示すように求めたとき、なぜブッシュ政権、そしてマケインはこれを無視するかのような態度をとったのだろうか。ブッシュ大統領は、「必要とされなくなれば、アメリカは撤退する」とこれまでも発言してきた。だが大統領は、こうした主権国家からの妥当な要請を無視したことで、「アメリカはイラクで永続的な軍事プレゼンスを維持することを考えている」とする批判を裏づけてしまった部分がある。

 一方、オバマはイラク側の要請を「戦闘部隊に段階的な再配備を開始するための非常に大きな機会」とみなした。2008年7月にブッシュ政権は、増派部隊を撤退させた後に、さらに1〜3個のイラクの戦闘旅団を撤退させるつもりだと一部で報道された。これが真実なら、二人の候補はともに自分は正しかったと主張できるようになる。オバマは、これこそ自分が長く求めてきたことだと主張できるし、一方のマケインも、この撤退は増派策の成功によって道が開かれたと主張できるようになるからだ。


イランと「危機の弓状地帯」

 アメリカの戦略地政学的課題の多くは、NATOのメンバーであるトルコ、そして、イラク、イラン、アフガニスタン、パキスタンというそれぞれ国境を接する5カ国に集中している。だが、2003年以降、この危機の弓状地帯に対するアメリカの政策には全く一貫性がない。これは、この5カ国が存在する地域を国務省の異なる三つの地域局が担当しているという現実に象徴されている。ワシントンはこの地域の諸国に対して異なる民主的アプローチの実践を説き、結果的にすべての国を混乱させている。イスラエルとパレスチナに対しては、テロ組織であるハマスを2006年のパレスチナ選挙に参加させるように圧力をかけ、(ハマスの勝利という)壊滅的な事態を呼び込んだかと思えば、一方でエジプトの民主化を求めることには消極的になっている。アフガニスタンとパキスタンを一つの戦争の脅威としてとらえるべきなのに、両国への政策を関連づけ、統合できていない。アメリカの戦略指針とされたのは、曖昧で、短期的な必要性から考案された「テロに対するグローバルな戦争」という概念だけだった。その結果、これら5カ国とのアメリカの関係は明らかに混乱し、悪化している。

 この地域の5カ国だけでなく、イスラエル、パレスチナ自治政府、レバノン、シリア、サウジアラビアにもうまく対処していく政策が必要になる。問題は、これらの地域の中枢に位置しているイランだ。オバマもマケインも、イランの核武装化を阻止することを最優先課題の一つに据えると表明し、ともに制裁措置を強化していくと述べている。二人とも軍事力の行使を選択肢から外していない。しかし、前提は同じでも、それぞれの路線が何を重視し、それを描写するのにどのような言葉を用いているかは大きく違う。

 オバマは、「核問題だけでなく、アフガニスタンやイラク問題、そして、ハマスやヒズボラを含むイランのテロ支援問題について、それが生産的な交渉になる見込みがあるのなら、いかなる政治レベルでもイランとの直接交渉を行う用意がある」と繰り返し述べている。マケインはそうしたイランとの直接交渉路線に反対しているだけでなく、「イランとの戦争よりもさらに悪いシナリオはイランの核武装化だ」と発言している。イランに対して直球で挑むオバマの路線をマケイン及びその支持者は、「敵の指導者と話し合うなど、弱さの証しであり、将来に危機を呼び込む宥和策だ」と批判している。だがこの批判は、(現政権を別にすれば)アメリカの歴代の指導者たちが、これまで長い間、パワーを背景に敵対勢力との外交交渉を試み、アメリカの国家安全保障を損なうことなく、相手との合意をとりまとめてきたという事実を無視している。外交は宥和ではない。ウィンストン・チャーチルもドワイト・アイゼンハワーもこの事実を理解していたし、ジョン・F・ケネディ、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュも同様だった。

 外交に対するオバマの立場と、(ジョージ・W・ブッシュや)マケインの立場の違いは、二人の大統領候補の哲学と価値観の違いを知る重要な手がかりとなる。マケインと彼の顧問たちは、ブッシュ路線から距離を置くことを時に模索しつつも、彼らのイラン政策(及びイラク政策)はブッシュ政権のそれと比べても、さらに強硬だ。マケインの本音はイランを空爆することにあると考えてもよいだろう。彼は刺激的ながらもユーモラスな言葉で、「イランを空爆、空爆、空爆、空爆」と支持者集会で口ずさむことさえしている。ブッシュ政権がまとめた北朝鮮との部分合意に批判的なこと、ロシアをG8から締め出すと公言していることから考えても、マケインが敵対勢力との交渉に本能的に嫌悪感を持っているのは、交渉することが弱さの証しと見られることを懸念してのことだろう。これは、外交が本質的に第一線級の戦略ツールであることをマケインが疑っていることを意味する。ブッシュとマケインはともに、オバマのことを弱腰だと批判しているが、オバマの立場は、これまで外交を実践し、研究してきた者を含む者の伝統的な立場に近い。マケインに忠実な共和党員であるジェームズ・ベーカー元国務長官、(国防長官に就任する前の)ロバート・ゲーツ、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ブレント・スコウクロフト元大統領補佐官のような重鎮たちも、マケインのイランとロシアへの立場には異議を唱えている。

 もちろん、イランのパワーセンターである最高指導者アリ・ハメネイ師とその側近たちとの交渉が実現するかどうかはわからない。従って、外交交渉に入る前に、交渉が拒絶されたり、進展しなかったりした場合にどうするかについて、はっきりとしたアイデアを持っておく必要がある。高度の機密を守れるプライベートなチャンネルを通じて接触を試み、交渉を先に進めていけるかどうかを見極める必要がある。バグダッドにあるアメリカとイランの大使館同士の入り口部分での接触は、現在のところ規模が限定的でうまくいっていないとはいえ、妥協するリスクを伴うことなく相手の立場を確認できる。一方ではいくつかの「トラック2」交渉も試みられており、これが一定の成果をもたらす可能性もある。

 イランとの外交交渉のモデルとしては、リチャード・ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官が、国交断行から実に22年が経過した1971年に、中国との対話の窓を開くことに成功した事例を引き合いに出せる。ニクソンは、文化大革命の狂気が最高潮に達し、世界でもっとも抑圧的とみられていた北京の政権との対話を試みることを決断した。当時の北京の中国市民に対する扱いは、どうみても現在のテヘランのそれ以上に劣悪だった。さらに中国は東南アジアでの米軍を攻撃していたゲリラ勢力さえ支援していた。だが、それでもニクソンとキッシンジャーは毛沢東との対話に踏み切り、世界の流れを変えてみせた。

 イランと対話を試みる路線は成果を上げられるだろうか。それによって、イラン政府のイスラエルに対する敵対行動、つまり、ユダヤ国家に実存的な脅威を突きつけるのをやめさせ、核開発計画を放棄させることができるだろうか。イラクやアフガニスタンの安定化に向けた地域プロジェクトへのイランの協力を引き出せるような共有基盤を見いだせるだろうか。

 これらの設問への答えを、交渉を試みる前に出すのは不可能だが、研究者の多くは、オバマが提言してきたように、イランとアメリカの利益が重なり合う部分もあり、交渉という選択肢を模索する価値はあるとみている。制裁措置の強化や選択肢と残されている武力行使という恫喝策をムチに、硬軟使い分ける戦略をとっても、イスラエルとアメリカの安全が脅かされることはないし、アメリカの世界における立場、とりわけ、イスラム世界における立場は、いかなる交渉結果に終わろうと、逆に強化されるはずだ。例えば、テヘランがワシントンとの有意義な交渉を行うことを拒絶すれば、イランはますます国際社会からの孤立を深め、より大きな圧力にさらされ、一方でアメリカの世界における立場は改善される。もちろん、この路線をとり始めても、その途上での調整を余儀なくされる。外交とはジャズのようなものだ。特定のテーマで即興演奏を行わなければならない。2009年から、新しい外交路線の一環として、アメリカの決意とパワーによって支えられ、アメリカの価値に合致し、伝統的なアメリカの国家安全保障政策へ回帰するような路線をとろうではないか。

 そうしたイランへの路線を、イラクの米軍部隊削減策と連動させて実施すれば、アメリカが、中東和平に向けた積極的なピースメーカーの役割を果たすことの価値を高めることもできる。他の多くの案件と同様に、ブッシュ政権は、中東和平に応分の関心を払わずに、無為に時間を費やしただけで、2007年になってやっとコンドリーザ・ライス国務長官がアナポリスプロセスを立ち上げた。だが、この試みも、政権が任期を終えるまでに、非常に緩やかな枠組み上の合意を形成するのがやっとだろう。次期大統領は、ニクソンからクリントンまでの歴代政権がそうしてきたように、中東和平に大統領自ら関与していく必要がある。


アフガニスタン

 オバマとマケインは、「もう一つの戦争」が戦われているアフガニスタンの重要性をともに認識しているが、もちろん、それだけでは十分ではない。現在のアメリカのアフガニスタン政策は破綻しており、有権者は、二人の候補が今後アフガニスタンで何をするつもりなのか、その詳細に耳を傾ける必要がある。マケインの場合、イラクでの戦争を続けるつもりなら、アフガニスタンに投入する資源をどこから持ってくるかという問題に直面する。一方、イラクからの撤退を求めるオバマは、少なくとも1万の兵力をアフガニスタンに増派すると表明している。

 アメリカ主導の連合軍はタリバーンを都市部から締め出すことに成功しながらも、アメリカの計画とタイムテーブルは予期せぬ事態の展開と無策ゆえに覆されてしまった。この1年間というもの、アフガニスタンが何とか持ちこたえられたのは、イギリス、カナダ、フランス、そしてアメリカが追加部隊を投入してきたからだ。アフガニスタン南部と東部にさらに部隊を投入する必要はあるが、大規模なNATO軍部隊を投入するだけで状況への解決策とできるわけではない。

 たしかに、タリバーンがアフガニスタンで勝利を手にすることはあり得ない。アフガニスタンの人々はタリバーンがテロ戦術をとっていることを知っているし、タリバーン統治下の「暗黒時代」のことを覚えており、タリバーンを拒絶している。だが、敗北しないこと、つまり、生き永らえ、問題をつくりだし続けることで、タリバーンはアフガニスタン政府の成功を阻止し、大規模なNATO部隊をつなぎ止めることで、世界各地からのジハードの戦士を動員し、彼らにとっては「遠くのロマンチックな」戦線へと送り込むことに成功している。この挑戦を前に、アフガニスタン政府はもはや状況は自分たちの手には負えないと考えだしている。国際社会、つまり、非政府組織、国際機関、2国間機構などは膨大な資源をつぎ込んでアフガニスタンに救いの手を差し伸べているが、うまく連携がとれていない。また、皮肉にも、こうした支援がカブールが提供できない社会サービスの外国への依存を高め、本来の目的が損なわれている部分もある。

 アフガニスタン情勢が絶望的なわけではない。しかし、すでに戦争は8年も続いており、アメリカ政府は市民に対して、アフガニスタン戦争が、アメリカにとってもっとも長い戦争になったベトナム戦争(1961〜75年)を上回る長期戦になることを認める必要がある。状況に対処して成功へと結びつけるには、(アフガニスタンとの国境地帯にあり、タリバーンやアルカイダの聖域とされている)パキスタンの部族地域対策をとり、麻薬取引からの資金をバックにアフガニスタンを事実上支配している軍閥を抑え込み、アフガニスタン国軍の整備に努め、アフガニスタン政府の無力さと腐敗に対処するために新路線をとる必要がある。

 これらはすべて非常に厄介な課題だが、最大の問題はパキスタン西部にイスラム過激派が聖域を持っていることだ。だが、対ゲリラ戦だけでは、アフガニスタンの将来を明るくすることはできない。近隣諸国がアフガニスタンが安定することが自国の利益にもつながるとみなすような地域合意が必要になる。ここで言う近隣諸国には、中国、インド、ロシアも含まれるが、もっとも重要なのはパキスタンだ。

 パキスタンはアフガニスタンを不安定化させる力を持っているし、現にこれまでそうした力を利用してきた。非常に難しいが、パキスタンの路線を適切なものへと変化させることが、このうえなく重要になってくる。部族地域の混乱はアフガニスタンだけでなく、新たに誕生したパキスタンの文民政治体制も脅かす。次期大統領にとっても、非常に大きな課題になる。最近のニューヨーク・タイムズ紙の記事によれば、ブッシュ政権が任期を終えるまでに、アルカイダがアフガニスタンにある基地をパキスタンの部族地域へと移動させることはますます確実視されだしている。すでにアルカイダはパキスタンにおける聖域を攻撃能力を立て直すことに利用し、ここから世界のジハードの戦士に向けたプロパガンダ放送を発信している。ホワイトハウスを後にする政権にとって、アフガニスタンはイラク以上に深刻な政策破綻が起きている場所だ。


アフリカとラテンアメリカ

 ここで一部の問題に焦点を当てているからといって、他の問題を無視するつもりはない。歴史がなんらかの指針になるのであれば、長く放置されてきた問題が政策上の再優先課題に浮上してくることは、最近のソマリア、ボスニア、カンボジア、ダルフール、ミャンマー(ビルマ)、チベット、ジンバブエなどのケースからも明らかだ。したがって、新政権は危機の弓状地帯の問題への取り組みを開始するとともに、最優先課題に急浮上してくる恐れのある問題を注意深く監視しておく必要がある。実際、1994年にクリントン大統領がボスニア紛争対策に専念していたときに、ルワンダの紛争が突如最優先課題に浮上してきたことは記憶に新しい。

 似たようなケースになる恐れがあるのがスーダンだ。ダルフール地方の危機が深刻化する一方、スーダンの南北間の紛争はブッシュ政権が仲介した合意で一時的に落ち着いたが、いまや南北間の合意は崩壊の瀬戸際にある。国政選挙を実施した後、南部の独立を問う国民投票を実施するという、合意における重要条項が無視され、反故にされる可能性が高いためだ。2010年までには、スーダンで再び南北間の大規模な紛争が起き、近隣諸国が介入してくる危険性が高い。これを回避するには、アメリカ、アフリカ連合(AU)によるかなりの努力が必要になるし、(現地政府とのパイプを持つ)中国も積極的に関与し、問題回避に協力しなければならない。

 アメリカとイスラム世界との関係にも特別の注意が必要だ。「過激派と対峙するように」と穏健派イスラム教徒に働きかける試みは今のところうまく作用しておらず、新しいクリエーティブな広報外交が必要になる。また、この6年間の「民主主義アジェンダ」は奇妙な問題をつくりだしている。基本的人権を守るために戦争を正当化しようとしたブッシュ政権のやり方ゆえに、アメリカのもっとも神聖な概念が汚されてしまった。軍事作戦を民主主義に関連づけたブッシュ大統領は、民主主義の夢を大きく汚してしまった。

 他の諸国に、複雑で微妙な民主的統治システムを形ばかり導入するように圧力をかけても、アメリカの価値や安全保障利益を促進することにはならない。民主的統治システムの促進という目標は間違っていないし、その試みを放棄すべきではないが、他国の人々がそれをどのようにとらえるかに十分に配慮した形でシステムの導入を働きかけていくべきだろう。次期政権は人権と現地の人々の基本的必要性にもっと焦点を合わせつつ、多元的な政治文化、法の支配、雇用創出を通じた生活レベルの改善を育んでいく民主的な統治制度の導入を促していくべきだろう。こうした領域で進展がみられるようになれば、アメリカの働きかけだけでなく、相手国の意思によって民主主義が自然に定着していくようになる。これは、チリ、インドネシア、フィリピン、韓国、台湾、そしてアフリカにおける有望な若い民主国家のケースからも明らかだろう。

 この8年間における数少ない超党派外交の対象とされたエイズ対策支援プログラムの実施など、ブッシュ大統領が大きな成功を収めたのがアフリカ政策だ。アメリカは2006年以降、アフリカのエイズ対策のために130億ドル以上を投入している。だが、ブッシュ政権のアフリカ路線は、アフリカの窮状を戦略、経済、環境面からはうまくとらえていなかった。コンゴ、スーダン、ジンバブエ、そしていつ激しい紛争が起きてもおかしくはないソマリアなど、この大陸を衰弱させる紛争の悪循環を断ち切るための外交努力を怠ってきた。終わりのないアフリカでの紛争をやめさせる必要があり、そのためには、紛争解決に向けた政治的アプローチを戦略ファクターに加える必要がある。次期政権は、アフリカの危機に十分配慮し、その対策をとるうえで同盟国、AUからの支援を引き出す必要がある。ブッシュ政権はケニアにおける選挙実施後の危機の緩和に向けて有意義な役割を果たしてきたが、これを例外とすれば、アフリカにおいて効果的な政策を実施できていない。国連がキープレーヤーになるとしても、アメリカは、アフリカでの国連平和維持活動にもっと多くの資金を提供するための試みをリードしなければならない。

 2006年にアフリカを訪問したオバマ上院議員は、すでに現地で、アメリカの大統領選挙への出馬を示唆する発言をしていた。オバマの訪問から数カ月後に私もケニアを訪れたが、彼がナイロビで自らHIVのテストを受けて人々に問題の所在をアピールしたことなど、オバマ訪問の興奮の余韻が残っていた。一般にアフリカの状況は絶望的だと考えられている。そう考えられているからこそ、この大陸の資源にしか目を向けない状況が生まれているが、状況を絶望的だと考えるのは間違っているだけでなく、道徳的、政治的、戦略的にも問題がある。

 ラテンアメリカでは、アメリカのリーダーシップに対する猜疑心を緩和させていく必要もある。だが、そのために、貧困、格差をなくし、麻薬取引と横行する犯罪をなくすといった非現実的な約束をしても意味はない。この地域で「社会契約」が長く果たされていないことを人々に理解させるうえでもっとも効果的なのは、次期大統領がまずアメリカ国内での社会契約のほころびを直していくことだ。移民制度を改革し、国民皆保険制度の導入から教育と経済インフラへの投資にいたる国内の経済不安への対策をとれば、資本、言語、通商、文化などを通じたアメリカとラテンアメリカの統合に向けた、アメリカ市民の支持を再建できるだろう。

 ラテンアメリカにおけるアメリカの利益を促進するには、メキシコとの間でこれまでとは異なる関係を築き、ブラジルとの戦略関係を強化しなければならない。

 メキシコの場合、2千マイルの国境線を介した貿易取引、2国間の豊かな人的ネットワーク、組織犯罪がつくりだす問題など、両国は繋がりと問題を共有しており、ブッシュ大統領が約束したように、メキシコとの関係にもっと配慮しなければならない。現政権の問題はこの約束を果たさなかったことだ。一方、世界で9番目に大きな経済を持つブラジルは、食糧とエタノールの世界的な生産国だし、産油国としても台頭しつつある。だが一方で、核武装を試みる恐れもあるし、主要な二酸化炭素排出国の一つでもある。次期大統領は、主要なグローバルな問題に取り組み、多国間機構の改革を方向づけ、地域的な課題に対処していくうえでの外交的同盟国としてブラジルをパートナーとみなしていくことになるだろう。


多極世界を主導する

 アメリカは、歴史の流れに翻弄される希望のない巨人ではない。依然として地球上でもっともパワフルな国だ。限界はあるが、自らの運命を切り開き、多極化した世界で主導的な役割を果たしていく力を持っているし、世界が切実に必要としている課題への取り組みに向けた主導権をとることもできる。アメリカが他国を鼓舞するような高潔なリーダーシップを発揮すべき課題が数多く待ち受けている。アメリカ市民の啓蒙的な意識に派生する寛大さによって支えられるリーダーシップを発揮することは、アメリカの国益にも合致する。依然としてアメリカは偉大な国家である。アメリカ市民の意識の高さに見合い、この国のプライドと使命感を回復するようなリーダーシップを発揮しなければならないし、その試みをまず国内から始める必要がある。そのプロセスを世界が見守り、成功を心待ちにしていることを忘れてはいけない。

(C) Copyright 2008 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan
posted by 原始人 at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 主要記事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/109143868
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック