2009年01月25日

オバマ就任、そして日米

JMM [Japan Mail Media]  2009年1月24日発行  http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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『from 911/USAレポート』  冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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「オバマ就任、そして日米」

 2009年1月20日正午少し前、合衆国議会議事堂内の廊下に据えられたTVカ
メラは、宣誓式に列席する要人を次々に映し出していました。退任するブッシュ、チ
ェイニーのどこかホッとしたような表情、晴れがましい、それでいて決して安っぽく
はない笑みを浮かべていたバイデン新副大統領に続いて、オバマ大統領がようやく姿
を現したとき、私は一瞬時間が止まったように思いました。

 口をへの字のように結び、真っ直ぐ前を向いたその顔には、華麗な演説と笑顔で全
米をお祭り騒ぎに引き込んだ「カリスマ」の面影は全くありませんでした。
47歳の一人の男が、これから起きることの重さに必死で向かい合おうとしている、
そこには明らかに緊張の色がありました。
私は驚きました。この人がこんなに緊張しているのは見たことがなかったからです。
ですが、驚きはすぐに安堵に変わりました。「ああ、この人は本当に仕事をしようと
しているんだ」それが私の偽らざる感想だったのです。

 廊下を進んで宣誓式会場に現れたオバマは、ミッシェル夫人や過去の大統領経験者
たちと談笑を交わしましたが、必死で作っている微笑みの中にも固さは取れないまま
でした。
やがて、宣誓の瞬間がやってきました。オバマの異常な緊張感が伝染したのか、いつ
もは冷酷なまでに法律論を駆使して仕事をしているはずのロバーツ最高裁長官まで宣
誓の文言を間違えてしまい、オバマ大統領も復唱がうまくできないなどのハプニング
が続いてしまったのです。

 やがて式典はピークを迎え、既に合衆国大統領に就任したオバマ大統領は、就任演
説を行いました。200万人というワシントンの「モール」を埋め尽くした群衆、そ
して全世界に中継された演説でしたが、これもバラク・オバマの演説としては異例な
ものでした。
まず20分の予定が19分で収まったこと、調子に乗るとドンドンとアドリブで聴衆
を鼓吹するための「フレーズ」を繰り出し、拍手やコールの盛り上がりに身を任せる
のが上手な「オバマ流」ではなかったのです。

 早口で原稿通りよどみなく、しかし非常に力強く言葉を繰り出す新大統領の姿勢は、
先ほどの緊張感がそのままエネルギーになっているような印象を与えるものでした。
演説の文言もそうです。"Yes We Can!" もなければ "Change" もない、つまり「オバ
マ流」のスピーチとは一線を画したものだと言えるでしょう。
そして、内容も非常に厳しいものでした。経済の苦境をハッキリ冒頭から指摘し、国
民に行動を呼びかける内容には甘さのかけらもありませんでした。

 2004年の民主党大会で基調演説を行って彗星のように中央政界にデビューし、
華麗な選挙戦を勝ち抜き、昨年11月に当選した後も「ドリームチーム」と呼ばれる
閣僚人事を編成して世論と市場の信任を勝ち得てきた「オバマ劇場」は、この瞬間に
消えてなくなったのです。
それは、これまでの「オバマ現象」がお祭り騒ぎの延長であったとしたら、大統領に
就任したということは「現実」に向かい合うことだということです。

 市場の反応もたいへんに興味深いものでした。
20日の就任式へ向けて「ご祝儀相場」を期待する向きもあったのですが、この日ワ
シントンが全世界の注目を集めている中で、ニューヨークでは株価がダラダラと下が
っていったのです。積極的な買いがほとんど見られない中、ダウ平均は300ドルも
値下がりしてしまいました。中には「世界同時オバマ株安」という表現も見られまし
たが、確かに大きな下げではあります。

 ですが、翌日オバマ政権が始動し、前例のないようなスピードで実務が回転し始め
ると市場はすぐに上昇に転じています。
この市場の見せた冷静さ、つまり「ご祝儀相場」というような訳の分からない行動は
一切せずに、新政権が仕事をすれば反応し、何もしない就任式の日には下げるという
冷静さは、市場がオバマの「現実感」を理解しているということだと思います。

 この緊張感そして現実感の意味するところは何でしょう。
それは「100日のハネムーン」というアメリカの伝統が今回は適用されないという
ことです。とにかく、待ったなしの危機が進行しており、一刻の猶予も許されないと
いうのが現状だからです。
就任式で政務が一日停滞しただけで市場が下げるのですから、100日ものんきなこ
とをやっているヒマはないというわけです。

 実態はむしろ逆です。この100日後、具体的には4月中旬には大きな関門が立ち
はだかっているのです。
単純化するとそれはアメリカにとっては二つあります。
一つは金融機関の決算です。今、1月の中旬を迎えてアメリカの各企業では2008
年度第四四半期の決算発表が続いています。その中で銀行株の動揺が激しいのですが、
その背景にはサブプライムの問題が続いています。

 サブプライムというのは、その多くが当初2年間は低金利で、2年後に金利が跳ね
上がる性格のものなのですが、米国の不動産相場に変調が出てきた2007年までど
んどん拡大していたのです。
その最後の部分は今年2009年に金利見直し時期を迎えます。昨年10月以降危機
が表面化する中で、この問題は十分に認識されていたはずなのですが、対策がどうし
ても後手に回る中、実体経済の落ち込みが予想以上となり、2009年の第一四半期
に入った現在、不動産ローンの破綻は、当初(昨年10月時点)で考えた規模より拡
大しているのです。

 また、個人の住宅ローン破綻からはじまった金融危機が、実体経済の落ち込みによ
って法人の破綻へと波及しているという状況もあります。ですから、次の決算、つま
り2009年の第一四半期の決算が出る4月中旬というのは、非常に重要なハードル
になっているのです。
ここで金融機関を中心としたアメリカ企業の体力が、更に大きく落ち込むという事態
となれば、一気に新政権の求心力も揺らぐでしょう。

 この4月というのは、もう一つ大きなハードルが待ちかまえています。
それは、デトロイトの自動車産業再生問題です。
現在、GMとクライスラーには公的資金による「つなぎ融資」が投入されています。
オバマ大統領の就任とほぼ同時に、GMに対しては第二弾の54億ドルが払われてお
り、計画通り融資が継続しています。
ですが、この融資に関しては3月31日までにリストラ案の提示ができなくては即刻
弁済(=実質的には破綻)という条件がついています。実際は4月中旬まで猶予を与
えることができるのですが、とにかく4月中旬までに「環境対策車の開発計画を含む
企業再建策」を出さねばなりません。

 では、この難題、つまり出血の止まらないサブプライム、下げ止まらない実体経済
という状況に対してオバマ政権はどう対処するのでしょう。
それは緊急的に「大きな政府」論による対策を、それこそオバマ流に迅速かつ大規模
に繰り出すことになります。
実際に今検討されている案は、総額550ビリオン(45兆円)規模とも言われてお
り、ナンシー・ペロシ下院議長によれば来週(1月26日の週)には議会審議に入る
というのです。

 この刺激策だけではありません。恐らく、金融安定化法による公的資金注入も更に
拡大してゆくでしょう。4月中旬の更なる破綻を避けるため、オバマ政権は持ち前の
スピード感を全開にして必死の対策を打ち出し続けるに違いありません。
ですが、そこには大きな落とし穴があります。それは、ドルが暴落するという可能性
です。

 ところで、ここにもう一つ困った問題があります。それは欧州です。
オバマ就任とほぼ同時に、RBS(スコットランド王立銀行)の危機が明るみに出た
ように、英国もたいへんに厳しい状態です。
そもそも欧州の金融危機は、アメリカの不動産ローン証券を買っていてそれが焦げ付
いたということから始まったのですが、実際は欧州でも不動産バブルが膨張しており、
それが一気に弾けているのです。
この問題は、非常に深刻で、現在英国の通貨スターリング・ポンドはジリジリと下が
り続けています。ユーロも同様です。

 そこで一つ恐怖のシナリオが出てくるのです。それは円の「独歩高」という問題で
す。
今週国際為替市場では、一瞬87円という数字が出て、恐らくは日銀の介入で沈静化
させていますが、ドルがダメ、ユーロもポンドもダメという現状では、思惑で円を暴
騰させる条件は整っていると見るべきでしょう。
仮にこのまま放置して置けば、1ドルが60円というような事態もあり得ます。そう
なれば日本経済は破綻します。

 こうした最悪のシナリオはオバマ政権にとっても大きなダメージになるでしょう。
日本経済は、良くも悪くもアメリカの資金繰りを救ってくれる存在として、製造業の
ノウハウにより小売業に魅力ある商品を供給し、一部は現地生産で雇用も創出してく
れるというわけで、アメリカ経済に深く組み込まれているのです。
仮に日本経済がアメリカ以上に厳しい状態となれば、アメリカの実体経済回復のシナ
リオも破綻してしまうからです。

 ではどうすれば良いのでしょう。
一つは日米欧が協調して固定相場に向かうというシナリオです。
ですが、現在の世界では、人為的な固定相場というのはテクニカルに不可能だと思い
ます。仮に円、ドル、ユーロ、ポンドが固定相場になったとして、その後で英国経済
が更に一段と悪化したとすると、無理に固定相場を維持するためには大変な買い支え
をしなくてはなりません。買い支えもしないで、制度として人為的に相場を固定する
というのはできないのです。

 となると、通貨統合ですが、通貨統合というのはその地域の物価や労働コストの均
一化をもたらします。通貨は統合されているが、物価や労働コストは差があるという
ことになると、経済や人口のパニック的な移動が起きてしまうからです。
ですが、現在のアメリカは欧州とは通貨統合はできません。この点ではいくらオバマ
といっても、まだまだ「ポスト911」の影をひきずっています。
911の主犯格と言われるモハメド・アタがドイツで生活していたということ、英国
国籍を持った原理主義的なグループがまだまだ存在することなどは、どうしてもネッ
クとなります。

 となると、現実的な問題として浮上するのは日米の通貨統合です。
私は通貨統合というと、言葉が激しすぎるので「ドルの円ペグ、円のドルペグ」とい
う言い方をしていましたが、実際はそうした人為的な為替管理はテクニカルに不可能
なのであって、最終的には通貨統合に向かうことが現実的に検討されなくてはならな
いでしょう。

 例えば現時点で、円ドルが85円で固定できれば日本経済はまだ大丈夫でしょう。
60円はダメです。70円でも厳しい、75円あたりはどうか、77円では・・・実
は大変な正念場に来ているのです。
ちなみに、日銀の対応が悪いから円高になるという言い方がありますが、これは違い
ます。現状はどうしても円高、それも円の独歩高という事態へと向かっているのです。

 では、仮に日米が通貨統合するとして、アメリカ側では世論はどのように受け止め
るでしょう。
「デトロイトを破滅させ余剰資金がありながら自分もリストラを行うような連中の通
貨と一緒になるのはイヤだ」と思われるのでしょうか? そんなムードは絶無です。
むしろ「マジメに稼いできたパートナーと<ウィン・ウィン>の合併で再出発だ」と
いうような受け止め方にもってゆくことができるのではないでしょうか。

 問題は日本側の出方です。
仮にこうした通貨統合の交渉が始まったとして「外圧に屈する」とか「第二の黒船」
という印象で事に当たるのは全くの間違いだと思います。
ヒラリーにしても、オバマにしても一見すると胸を張っているように見えても、日本
側では内心「この人達は日本に頭を下げているのだ」というつもりで交渉に臨むべき
です。その上で、表面的には丁寧に対応しながら、しっかり条件交渉ではポイントを
稼ぐということが求められます。

 仮に通貨統合となれば、外交や通商など総合的な二国間関係も、一気に次の段階へ
と進まねばならないことになります。
これは非常に大変な仕事になりますが、乗り越えて行かねばなりません。
そこで問題になるのが、全く文化の異なる二つの国がそこまで密接な同盟関係を築け
るのかという点です。

 この点に関しては、「オバマのアメリカ」つまり一神教的な善悪二元論ではなく、
自然との調和を基本としながら、複雑な社会における実務的な問題解決に取り組んで
行く姿勢というのは、日本文化とは整合性が取れるのではないかという見方も可能で
しょう。

 一つ象徴的なエピソードがあります。
今週発表されたアカデミー賞候補作の中で、作品賞と外国語映画賞でそれぞれに有力
になっている『ベンジャミン・バトン、数奇な人生』と『おくりびと』は驚くほど似
通った世界を表現している作品なのです。生と死の問題に真っ正面から相対している
こと、人の一生ということへの無限の愛おしさを表現しようとしていること、言葉の
力の限界を悟りながら静謐の中に豊かな情感を描き込んでいること、そうした点でこ
の二作は対になる作品とすら言えます。

 例えば、『おくりびと』の中で本木雅弘の演じた主人公が、人生の転機にあたって
庄内平野の橋の上から河を見下ろす場面が何度かあります。また『ベンジャミン・バ
トン』では、ブラッド・ピットが演ずる主役が大西洋の日の出を見に行くシーンが数
回あります。そのどちらも、ほとんどセリフのない静謐な時間を演出しているのです
が、その時間のクオリティはほとんど等質なのです。(何故そこに行くかという理由
も全く共通です)文化の成熟ということで、日米は極めて近い場所に立っているとい
うことを物語っているエピソードです。

 緊張感を漂わせながら怒濤の100日に突っ込んでいったオバマ大統領ですが、そ
の足元はすでに揺らいでいます。
そんな中、日米関係は、これまでとは全く違う意味で重要となると思います。
民主党政権だから「ジャパンパッシング」などというのは見当違いも良いところです。
民主主義のない、成熟社会とはほど遠い中国を、アメリカが危機打開のパートナーに
選ぶはずなどないのです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(日経プレミアシリーズ)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532260159/jmm05-22 )
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media]                No.515 Saturday Edition
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posted by 原始人 at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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