2007年06月19日

【FRBウオッチ】インフレのパラダイム転換、金利は歴史的反転か

  6月18日(ブルームバーグ):中国発のディスインフレ圧力が終息。インフレ圧力へと転換する分水嶺に差し掛かってきたようにみえる。米労働省が今月 13日に発表した5月の米輸入物価統計では、中国からの輸入品価格が前の年に比べ0.1%のプラスに転じた。前年比でプラスに転じたのは同統計でさかのぼることができる2005年2月以来初めて。

  グリーンスパン前連邦準備制度理事会(FRB)議長は、この統計を見て、「中国発のディスインフレ圧力の反転を示す最初の兆候かもしれない」と話した。中国の資源需要の高まりで、原油などの資源価格も急騰している。ディスインフレ・トレンドの終息を先見するように、長期金利は動意付いてきた。グリーンスパン氏は「低い長期金利は恒久的なものではない。世界経済の歴史の中で中期的にそのような現象が続いたことは一度もない」と言い切った。

  米労働省が15日に発表した5月の米消費者物価指数は前の月に比べ0.7%急上昇した。これはガソリン価格が1カ月で10%以上も高騰したことを反映している。もっとも、金融市場では、エネルギーと食品を除いたいわゆるコア物価指数が0.1%の上昇にとどまったことに注目。インフレ警戒姿勢は逆に後退してしまった。

  米金融政策当局がこれまで、エネルギーと食料品を除いたコア指数に注目していたことが背景にある。金融市場では、コア物価の抑制を手掛かりに長短金利は低下した。連邦公開市場委員会(FOMC)の利上げが遠のいたという安心感が買いを促したからだ。

            資源需給はタイト化

  CPIの構成要素のうち、エネルギーは全体の8.7%、食品・飲料は 14.9%を占める。そのエネルギーは5月に前月比で5.4%急上昇した。エネルギー消費の半分を占めるガソリンが前月比10.4%も急騰したことが響いた。食品・飲料は前月比で0.3%上昇(前月0.4%上昇)と高い伸びを続けている。

  新興国の躍進で資源の需給は恒常的にタイト化しており、エネルギーと食料品を除いたコア物価統計に注目しすぎると、実態を見誤りかねない。FOMCメンバーが最も重視する個人消費支出(PCE)価格指数のコア項目が4月に前年比2%上昇と、適正レンジとされる1−2%上昇の上限に回帰するなかで、同メンバーがインフレ警戒をまったく解いていないのは、コア指数以外の動向をトータルに把握しているからだろう。

  生活者はコア項目だけで生活しているわけではない。このため、コア物価指数が抑制されていても、総合指数が上昇すれば消費者のインフレ期待はあおられることになる。特に車社会の米国ではガソリン価格の高騰は生活に直結する。

           インフレ期待が上昇

  ミシガン大学の調査によると、6月の消費者インフレ期待は1年先の見通しで3.5%に跳ね上がった。これは昨年8月以来の最高。昨年8月といえば、原油相場が7月に史上最高のバレルあたり77ドル台に跳ね上がった直後で、インフレ懸念が最高潮に達していた。

  FOMCメンバーが最も重要視するのはコア物価統計ではなく、インフレ期待である。同期待値は物価安定を最優先事項とするFOMCに対する国民の信頼感指数と言い換えることもできる。FOMCメンバーは近年のインフレ抑制は連邦準備制度に対する信認が支えになっていると主張してきた。その指標であるインフレ期待値の跳ね上がりは無視できない。

  バーナンキFRB議長は6月5日に南アフリカ共和国のケープタウンで開かれた国際金融会議で、「インフレ期待は非常に安定している。このため、原油高に伴うインフレ要因を抑え、金融政策も冷静な対応が可能になっている」と指摘した。同議長の発言から10日後、その消費者のインフレ期待に黄色信号が灯った。

       原油高騰は世界経済の変化の「兆候」

  バーナンキ議長、福井日銀総裁と共に、衛星回線を通じてケープタウンで開かれた会議に参加したトリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁は「現在のオイルショックは需要要因に基づくものである」と指摘。73年の石油輸出国機構(OPEC)の禁輸を引き金とする第1次オイルショック、イラン革命を受けた70年代末の第2次オイルショックといった過去の供給要因に基づく価格高騰と一線を画した。

  バーナンキ議長はトリシェ総裁の発言を引き継いで、現在の原油価格高騰について、「これは国際経済に対する与件ではなくその変化の兆候である」と指摘。グローバル経済の躍進に伴う原油需要拡大の結果として、エネルギー価格が高騰しているとの見解を示した。

  同議長の発言は原油高騰の背景には恒常的な需給のタイト化があることを認めたもので、エネルギー価格を供給サイドの変動を理由に無視することはできなくなったことを示唆している。ブッシュ大統領が2003年3月に始めたイラク戦争の失敗により、供給サイドにも影響が出ているが、グローバル経済の拡大による需要の膨張がそれを圧倒している。

         イラク戦争もリスク要因

  なお、イラク戦争での米兵の死者は3000人を越し、さらにその何十倍ものイラク市民が殺害されているが、冷厳な経済統計でみると、対イラク戦費を含む米国の軍事費の伸び率は過去50年間の米名目国内総生産(GDP)の拡大トレンドとほぼ一致している。イラク戦費は米経済総体の規模の拡大の範囲にとどまっているということになる。ブッシュ大統領が泥沼状態の戦争をなお継続できるひとつの理由だ。

  イラク戦費が経済全体の規模拡大の範囲内にあるとしても、いつ波乱要因になるか予断を許さない。米国の対外政治力は弱まっており、ドル基軸体制に微妙な揺れも生じている。FOMCメンバーが物価安定を最優先するタカ派的な姿勢を堅持しているのは、ひとつにはドル基軸体制の安定化に資する狙いがある。

  その一方で、議会は、選挙区に製造業を抱える議員を中心に中国に対する人民元相場の切り上げ圧力を強めている。グリーンスパン前議長が指摘するように中国からの輸入が従来のディスインフレ圧力からインフレ圧力へと転化するなかで、米議会ならびにその圧力を受けた米国政府が要求するように、人民元の切り上げペースが現実に速まれば、米国内のインフレ圧力は急速に高まる。

        ユーロ圏からの輸入物価は急上昇

  グローバル経済の拡大に伴い、インフレを巡る判断にパラダイムの転換を迫られる中で、人民元への切り上げ圧力は危険な火遊びと化してきた。5月の米国の対中輸入物価指数がプラス転換したが、これも中国が徐々に人民元を切り上げてきたことが背景にある。ドルが対円で上昇していることもあり、5月の日本からの輸入物価は前年同月比で0.5%のマイナスにとどまっている。

  一方、ユーロの対ドル相場上昇を背景にドイツからの輸入物価は5月に前年同月比4.1%、フランスからの輸入物価は同5.5%も跳ね上がった。仮に米国が主張するように中国が人民元を完全フロートに移行させ、ユーロ並みの切り上げを実現すれば、米国のインフレは一気に加速する。それは、一段のドル安を招来し、国際金融市場は大混乱をきたしかねない。

  中国政府は国内の金融システムの脆弱性などを理由に緩やかな人民元の切り上げを主張しているが、結果的に、過剰消費でインフレ体質の米国経済の軟着陸に配慮していることになる。

            幸運だった前議長

  グリーンスパン前議長は任期を振り返り、「私は幸運な議長だった」と話した。その任期中、グローバル化に伴うディスインフレ圧力で、長期金利も低下トレンドにあったからだ。金融政策はその分、自由度が広がった。

  ただし、前議長はこのディスインフレ・トレンドがボトム圏を形成する過程で、金融政策判断を誤った可能性がある。これにはコア物価重視が災いしているようだ。FOMCがフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を1%まで押し下げた2003年6月のコアPCE価格指数は前年同月比で1.3%上昇と、適正水準の下限に接近していた。

  グリーンスパン議長(当時)は退任間際の2005年11月の議会証言で、われわれはデフレリスクに対処するため、「物価安定を一般的にレンジとして事実上認識することを選択した」(We have chosen effectively to perceive a price stability largely as the range)と振り返っている。グリーンスパン氏はその物価指標としてコアPCE価格指数を使用していることを確認した。他の金融政策当局者らの発言を総合すると、同指数で1−2%上昇を軸とする暗黙のレンジを設定したとみられる。

  2003年夏にかけて、グリーンスパン議長らが、デフレ危機にしばしば言及したため、金融市場は大幅な金融緩和を想定。同年6月16日には10年物米国債利回りが3.07%とデフレを織り込む水準まで急降下していた。長期金利はここで明確にボトムアウトする。

         コアPCE価格指数2%割れも視野

  コアPCE価格指数はその後しばらく前年同月比1%台前半で推移するが、 2004年の年明けとともに、上放れする。同年1月には一気に同1.7%上昇へと駆け上がった。長期金利は物価指数を先見していたことになる。

  そして、コアPCE価格指数は2004年4月には早くも適正レンジの上限である2%上昇を記録。その後、明確に上限を突破。昨年8月には2.4%上昇に達した。ここで、当面のピークを付け、今年4月には2.0%上昇に鈍化。5月には1.9%上昇に鈍化した可能性もある。しかし、ここで低下トレンドに入ったとみるのは楽観的すぎよう。

  グローバル経済の躍進により、ディスインフレ圧力がインフレ圧力へと転換しつつあるからである。さらに、米国の過剰消費体質は一向に改善されず、債務の膨張が続いている。そして国際的な過剰流動性の存在がさらにインフレを助長する。グリーンスパン議長は2003年半ばに、長期金利が明確に低下トレンドを終了したとき、FF金利を未曾有の1%まで切り下げていた。

         歪められるコア指数

  この大幅利下げの背景には、コアPCE価格指数が適正レンジの下限に接近していたことがある。当時は住宅バブルの初期形成過程にあり、多くの人々が持ち家を取得、賃貸需要が急速に後退したため、家賃が低下。これを反映する帰属家賃項目も水準を下げ、コアPCE価格指数は実態以上に下振れしていた。グリーンスパン議長は当時、この統計の罠に気がつかなかったようだ。

  それから4年。住宅バブルは2005年後半から収縮過程に入り、今年初から信用力の低い個人向けのサブプライム住宅ローンの破綻が相次ぎ、差し押さえ物件の市場放出が始まった。さらに住宅の値下がりで売却をあきらめた業者や個人が賃貸市場に物件を振り向け始めたため、供給増から家賃の上昇は鈍化してきた。昨今のコアPCE上昇率の低下はこの帰属家賃の動向も反映している。

  FOMCメンバーは2003年の失敗を認識しており、今回は慎重になるだろう。コアPCE価格指数の適正レンジ接近にもかかわらず、インフレ警戒をまったく解いていないこともこのことを裏書きしている。

         ボルカー元議長も同情

  米国は1960年代の無理な財政の拡大とベトナム戦争の悪影響が70年代に噴出、金融政策の失敗も加わってインフレが加速した。79年に就任したボルカー元FRB議長は強力な引き締め策によりインフレを終息。87年に就任したグリーンスパン前議長はインフレ低下トレンドに乗り、90年代の生産性向上、グローバル化に伴うディスインフレを享受した。

  グリーンスパン議長はディスインフレ下で「金融政策は贅沢が許される」と発言。緩和を長期化させた。その結果、90年代後半は情報技術(IT)バブル、 2000年代前半は住宅バブルを醸成してしまった。2006年2月に就任したバーナンキ議長はディスインフレからインフレトレンドに変化する時期にグリーンスパン議長からバトンタッチされた形だ。

  70年代のインフレを引き継いだボルカー議長の役回りに似ているところもある。ただし、バーナンキ議長は借り入れにより支えられてきた過剰消費体質と、その表裏の関係にある債務の膨張も引き継いでいる。国際的な流動性の高まりもこれまでにない規模とスピードを伴う。歴史は繰り返すとしても、まったく同じ形態をとることはない。

           見えない敵

  ボルカー元FRB議長は昨年7月、ブルームバーグとのインタビューで、バーナンキ議長時代を先見して、「私の仕事の方が楽だったと思う。敵はインフレということが明確だったからだ」と述べ、グローバル化の進展のなかで、見えない敵と戦うバーナンキ新議長をねぎらった。

  それから1年。バーナンキ議長が取り組むべき最大の仕事は、グローバル化の深化に伴うインフレ圧力の抑制ということが次第に鮮明になってきた。しかし、米国の対外債務拡大、家計の過剰消費体質さらにブッシュ政権の対イラク戦争の失敗に伴う対外影響力の低下、ドル基軸体制の揺らぎなど、新たな問題が山積し始めた。

  バーナンキ議長は不確実性の時代を見越すように、今月5日の国際金融会議で、「われわれはまだ本当のリスクを認識できていない」と、虚心坦懐に臨む姿勢を示した。
             更新日時 : 2007/06/19 06:18 JST
http://www.bloomberg.co.jp/news/column.html
posted by 原始人 at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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